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陰陽道の源流

以前に「道教や仏教が取り入れられたのは・・・」と言う発言がありましたが
正確な発言ではないので、今回は陰陽道と他宗教についてご説明いたしましょう



まず、陰陽道の源流には道教があります
もっと正確に言うならば、陰陽説と五行説にあります


中国思想における陰陽五行説は最初は別々に発展してきました

陰陽説がいつ頃誕生したのかは明確に立証する文献はありませんが
「左伝」に陰と陽の二文字が記載されており
おそらく紀元前六世紀には陰陽の概念があったと思われます

五行説の起源は五経の中から知ることができます
五経とは「易経」「書経」「礼記」「春秋」の五つを纏めて「五経」と言う
五経は儒学の経典であり、その中の「書経」は中国最古の経典であります
書経は別名「尚書」と呼ばれており、五行が最初に登場するのは
「書経」にあります


宗の時代に「太極図」と「太極図説」
及び「太極図解」による説明書きが現れてきました

この陰陽五行説は中国で、思想、習慣など
あらゆる分野に影響を与えていくことになります

その中に宗教、つまり道教が含まれるわけですが
道教の源流は「太平道」と「五斗米道」と言う宗教団体があります

太平道の教義は
天と地を神として仰ぎ、陰と陽を崇め、五行にしたがって五行の吉凶を見定め
これを解釈するという教えであり、陰陽五行説に則った教えがありました

この「太平道」あるいは「五斗米道」が後に道教として現代にまで続くのです




話を日本に戻しましょう

陰陽五行思想、あるいは道教思想が日本に伝来したのが継体天皇までの時代と
第二期は継体朝から奈良時代末期までの約300年間と言われています
この時代には仏教や呪禁道、宿曜道などが伝来してきました



それまで「大王」と呼ばれていたのが
聖徳太子の時代頃から「天皇」と呼ばれるようになります
これは、初期道教の至高神である「天皇大帝」にもとずくと言う説があります
聖徳太子は603年に「冠位十二階」を制定し
翌年には自らの理想を「十七条憲法」にまとめます
冠位十二階では、五行にもとずく「仁・義・礼・智・信」の五つの徳目と
それらを統括する「徳」のそれぞれ大小12位階を定めるわけです
いづれにせよ、日本の仏教の開祖である聖徳太子が
儒教や道教の影響を受けていたことは確かであります
(余談ですが、「聖徳太子は居なかった」と言う説もあります・・・)



また、中国で体系化された陰陽五行説や道教、呪禁道は
日本古来から続く山岳信仰と密教が結合され修験道となるわけです
この修験道の開祖は役小角で続日本紀では賀茂役君と記載されており
後に陰陽道の大家である賀茂氏の血筋であったといわれています



中国から伝来した呪禁道は呪禁と証する呪術によって
自然・超自然的存在による害から身を守るための知識や技術であり
百済より伝わった呪禁が日本で発展形成されたものです
(呪禁は道教の呪いを含む医術の一種になります)

呪禁博士や呪禁師は典薬寮、すなわち医学を扱う部署に属する存在であり
病気治療呪術と呪殺などを行う存在でした
陰陽師が力を付けはじめると呪禁道は吸収合併されるようになり
これが後に我々がよく小説などの世界で見る陰陽師の姿となるわけです

奈良時代に設立された陰陽寮の仕事は自然観測や暦の作成
時刻の測定といった観測と理論による技術職であり
呪術職的な色合いはとても薄かったのがですが
平安初期には呪禁道と合併されることで呪術的なイメージが強まるわけです


続いて、宿曜道とは空海や円仁、円珍と言った入唐僧が持ち帰った
宿曜経を駆使した術で、符天暦によって暦算、星占い、祈祷を行うもので
「密教占星術」と言われるものであります
もともとは個人の運命を読む為の占術ではなく
修法や祈祷を行うにふさわしい日時を選んだりするものでしたが
後に陰陽道にも吸収されていくようになります





聖徳太子は日本で仏教諸宗派共通の祖師として崇められていますが
この聖徳太子にも陰陽五行思想、儒教、道教の思想を強く影響されていました
日本の仏教諸宗派は、奈良仏教系の法相宗、律宗、華厳宗に加え
平安仏教である天台宗と真言宗
その後の浄土教系の諸宗派(浄土宗、浄土真宗、融通念仏宗、時宗)
全集系諸宗派(臨済宗、曹洞宗、黄檗宗)と日蓮宗の6系統13宗に大別される
天台宗、華厳宗、浄土宗、禅宗などの教義は中国の宗派仏教であるが
しかし中国の宗派仏教と日本の宗派仏教とは質を異にしている
仏教が伝来すると日本古来の神道と対立することになるが
しかし、元々日本では「八百万の神々」と言われたためか
いつの間にか共存するようになります
陰陽五行思想を取り入れた仏教、神道は陰陽道を仲介として
お互いに影響卯を与えながら(時には吸収され)発展していくことになります



日本古来の神道も陰陽五行や儒教、陰陽道から影響を受けています
神道は自然神を尊い、崇拝するための信仰でした
神道と言う言葉が使われるようになるのは「日本書紀」の用命天皇からで
仏教が伝来した後に区別するため古来の信仰を神道と呼ぶようになりました
信仰でしかなかった神道は、7世紀半ばからの律令制度のもとで
国家的制度となると神祇制度も取り入れられるようになります
神道の思想は陰陽五行思想と似通った所もあったために
伝来すると安易に吸収されると発展していくこととなります
神道は陰陽道の思想を取り入れることにより祓いや禊
あるいは、年中行事、民間習俗、暦、しいては芸能の世界にまで
深く関与していくことになります



道教の神仙術(養生術)や仙薬(漢方に通じる)は
自然神を崇め崇拝し不老不死を手に入れるという思想であり
日本では役小角が開祖となり修験道として残ります




陰陽道は天武天皇の時代に陰陽寮を設置し
官僚機構に組み込まれ国家直属の占い師となり
国家管理の下に置かれることになりますが

明治に入ると陰陽道は廃止され、その思想は神道や民間習俗に溶け込み
我々の生活に深く根付き続いてきたのであります


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